「がん」を「はしか」に罹らせることができたらどうなるか

CancerTCell

がん細胞を「感染」させることによって、免疫療法の効果を大幅に拡大できる可能性のある新プラットフォームを開発


人間の「免疫システム」は精密な軍隊のように機能し、ウイルスや細菌といった外部からの侵入者、さらには「がん細胞」までも探し出して排除します。ところが残念なことにその軍隊が裏をかかれたり、場合によっては打ち負かされたりして、侵入者がのさばってしまうこともあるのです。

「がん」に対しての戦いに参加する兵士を増やし、軍隊である「免疫システム」を刺激・強化する新たな治療法が開発されました。その有効性の高さから、これらの免疫療法はすぐに複数のタイプのがんの一次治療として採用されるようになりました。新たな免疫療法は、一部の患者の生存に大きく貢献しましたが、欠点もあります。費用が高く、重篤な副作用が生じる場合もあることに加えて、今はまだ限定されたがんの患者にしか効果がないのです。

SRIのチームが開発した新たな免疫療法は、こうした課題を克服してより多くの患者に免疫療法の効果を届けられる可能性を秘めています。では、どうやってその可能性を拓いたのか。一言で言うと、「がん細胞」が「はしか」にかかっているかのように見せかける方法を開発したのです。そうすることによって、人間の「免疫システム」が既に戦い方を知っている、既知の侵入者を探し出して破壊するように仕向けるのです。

創薬上の主要な課題を解決

「新たな免疫療法」の発見の基盤となったのは、「FOX Three Molecular Guidance System(MGS)™」と呼ばれるSRIの新プラットフォームです。SRIがFOX Threeを開発したのは、薬剤開発上のもう一つの重要な課題を解決するため(治療効果があると考えられる薬剤を病気治療のために標的細胞に送達する手段を手に入れるため)でした。分子化合物の多くは、細胞と比べるとサイズが大き過ぎて細胞内に送ることができません。そのため、細胞内にある標的に作用させることができず、「アンドラッガブル(創薬が極めて困難)」なのです。

画像1

FOX Threeプラットフォームは、小さなアミノ酸鎖(ペプチド)を迅速かつ系統的に特定します。これらは、分子誘導システム(MGS : Molecular Guidance Systems)と呼ばれ、ユニークな治療薬送達剤として機能します。特定の治療目的のもの(モノクローナル抗体やsiRNAなど)を細胞へ運ぶ際にこの送達剤を取り付けると、送達剤が標的とするタイプの細胞に引き寄せられ、その細胞と結合して細胞に働きかけて、運んできたモノクローナル抗体やsiRNAなどを取り込ませます。

SRIは、FOX Threeプラットフォームを利用してユニークで新しい免疫療法を開発しました。標的抗原搭載リポソーム(Targeted Antigen Loaded Liposomes;TALL)と呼ばれるこの手法は、代表的ながん免疫療法であるチェックポイント阻害剤(CKIs)が効かないがん患者の80パーセントに有効である可能性が明らかになっています。

YouTube player

「免疫システムによるがん細胞の認識・破壊」を手助け

TALLは、ずるいと言えるほど巧妙な手法です。そのしくみについてご説明します。まず、「はしかウイルス由来の合成ペプチド」を、免疫系をすり抜けることができるステルス粒子「リポソーム (Liposome)」に封入します。次に、腫瘍を標的とするMGSs(分子誘導システム: Molecular Guidance Systems)をリポソームの表面に取り付けます。MGSsはリポソームを腫瘍細胞へと誘導し、腫瘍細胞に到達するとリポソームが細胞内に取り込まれます。その後、いくつかの細胞内の働きを経て、細胞表面に「はしかのペプチド抗原」が発現します。発現した抗原は、免疫システムに対して警報を発する役目を果たします。言わば、異物あるいは外来の物質の存在を知らせる分子の「赤信号」のようなものです。こうなると、がん細胞は免疫システムにとって「はしか」に「感染している」攻撃対象に見えるのです。

世界の人々の多くは、既にはしかの予防接種を受けています。そのため、免疫システムは「はしかに”感染している”細胞」を侵入者として認識し、攻撃をする態勢が整っています。そのため、TALLペプチドが「がん細胞」にこっそりと侵入し、その細胞に生物学的な「赤信号」を灯すと、免疫細胞が腫瘍のある所へ押し寄せてがん細胞を破壊し始めるという訳です。また、この治療法は腫瘍細胞にしか赤信号を灯さないため、健康な細胞は影響を受けず、重大な副作用の可能性を軽減することができます。

前臨床研究において、TALLは期待通りの作用をもたらしました。標的としたがん細胞にリポソームが蓄積し、その後、そのがん細胞には「はしか」のペプチドの信号が灯りました。その結果、腫瘍細胞を標的として、免疫システムが迅速かつ着実に反応して腫瘍の増殖が有意に減少しました。

さらに、初期の研究では、TALLシステムはCKI(チェックポイント阻害剤)などの既存の免疫療法の効果を大幅に拡大できる可能性があることが示唆されています。現在、CKIなどの薬物は、多くの種類のがんの標準治療薬として急速に利用されるようになってきました。免疫システムによって認識されやすく、顕著な免疫反応を引き出すことができるタイプのがんに対しては非常に効果的であるからです。しかし残念なことに、「がんの約80パーセント」に対しては、顕著な免疫反応が自然に生じることはなく、患者へのCKIの有効性が格段に低くなってしまうのです。

免疫システムがこの「約80パーセントのがん」を認識しやすくすることによって(つまり免疫システムの注意を引く信号を提示することによって)、TALLは免疫療法の欠点を克服する手段となりえます。進行性乳がんを対象とした前臨床研究によると、TALLと代表的なCKIとを組み合わせることにより、CKI単独の場合と比べて腫瘍容積が93パーセント減少したことが報告されています。こうした最近の研究成果等に基づき、がんとの戦いにおいてTALLは「免疫システム」という強い味方を得る、と私たちは期待を抱いています。

筆者:Indu Venugopal, Ph.D., Research Scientist, SRI International


Read more from SRI