教育現場へのAIの応用について
「博士号の取得後に何をするかを決めることは、私にとって大きなことでした。SRIに入社するまで、私はほぼ一貫してコンピューターサイエンスに取り組んでおり、同じ研究室の他のメンバーは、特にAI関連の研究を活かして従来通り産業界でAIを応用することを手掛けていました。一方で、私は学生や先生と一緒になって教育の現場でのAIの応用についての研究がとても好きだったので、これを続けたいと考えていました。そのため、“AIの教育研究”により焦点をあてるようになり、これがSRIへの入社につながったのです。」 – SRIインターナショナルPrincipal Education Researcher(主任教育研究員)Satabdi Basu博士
Satabdi Basu博士はもともとインドの出身ですが、ヴァンダービルト大学(Vanderbilt University)で人工知能(AI)についての研究で博士号を取得した後、2016年に教育研究員(Education Researcher)としてSRIに入社しました。SRIインターナショナルの教育部門の他のメンバーとは異なり、Basu博士の博士号はコンピューターサイエンス(CS)専攻です。SRIで彼女は、教育研究や技術強化型カリキュラムの開発プロジェクトなど幅広い分野で、幼稚園の年長児から高校3年生までの幼児・児童・生徒と教師がコンピューターサイエンスやAIについて学び、教えるための支援に情熱を注いでいます。
AIに関する教育とComputational Thinking(計算論的思考)の融合
Basu博士は現在、AIを専攻した自らの学歴と教育研究に関する熱い思いをSRIの仕事と両立させながらマルチの領域で活躍している人物です。「博士課程では当初、実世界の制約を充足する研究など、より一般的なAI関連のプロジェクトに取り組むつもりでした。ですが、指導教官から、教育研究や教育データマイニング、また、学びや指導を補佐するAIの活用など、異なる分野の研究を紹介されたのです。そのため、ヴァンダービルト大学の一部であるピーボディ教育大学院(Peabody School of Education,part of Vanderbilt University)でいくつかのコースを受講し、知識の幅を広げました。」とBasu博士は述べています。
Basu博士の学位論文は、計算モデリングを介して中学生がComputational thinking(計算論的思考)と科学的な学習を統合させることを支援し、AIがComputational thinkingと科学の相乗学習をいかに支援できるかの探求に焦点をあてています。生徒たちは、理科の授業でジェットコースターや水槽内の生態系の仕組みについて自ら計算モデルを構築して、運動学や生態学の概念を探求しました。Basu博士はこのアプローチの概要について「中学生が計算モデルを作成する際に、リアルタイムのサポートや戦略についてフィードバックするアバターを作成しました。そして、あるグループはサポートを受けれないが、別のグループにはフルサポートを提供するという対照実験を行い、その結果、サポートを受けたグループの方がはっきりと高い学習効果を示し、学習に向かう行動も改善されたのです。」と説明しています。
複数の専門分野に通じ、学際的な研究テーマを追求する研究者
Basu博士はSRIの教育関連部門に所属していますが、CSとAIの双方を深く理解していることから、この両分野を融合したプロジェクトを探求しています。Basu博士は、学生のコンピューター処理スキルとComputational thinking、およびAIのコンセプトを学ぶ機会を提供することに注力しています。デジタル化が進む現代では、新しいタイプのリテラシーが求められていますが、「Computational thinkingはCSとは少し異なります。どちらかというと、問題解決のスキルを活用することです。生徒たちが将来、コンピューターサイエンティストにならなかったとしても、Computational thinkingのスキルを身につければ、このデジタル世界を生き抜き、ニュースや日常生活の物事を理解することができます。」とBasu博士は述べています。
この種のリテラシーは、理系教科(STEM)以外の他の科目にも取り入れることができ、このような学際的な思考や学習は世界中の研究者の間で大きな話題になっています。また、幼稚園の年長児から高校3年生までを担当する教師の育成にも力を注いでおり、CSやComputational thinkingのスキルを他の教科に取り入れられるように取り組んでいます。
現在進行中のCS教育プロジェクト
Basu博士はSRIの教育部門でいくつかのプロジェクトにかかわっており、全米科学財団(National Science Foundation)が資金提供する3つの大規模プロジェクトの主任研究員も務めています。
彼女が率いるプロジェクトの1つはSPICE (Science Projects Integrating Computing and Engineering、コンピューティングとエンジニアリングを融合した科学プロジェクト)として知られており、Digital Promiseとバージニア大学(University of Virginia)、ヴァンダービルト大学(Vanderbilt University)と共同で取り組んでいます。このプロジェクトについて、「これは本当に私が大好きなプロジェクトで、3つの学問分野を統合しているところが素晴らしいのです。まだ工学関連の教育を受けていない若い世代である小学5年生と6年生を対象としています。このプロジェクトでは、校庭が水浸しになり外で遊べないという課題を解決することに挑戦します。生徒たちは様々な種類の素材で表面を覆うなど、この課題に対する解決策を探求するのです。ここに、表面を覆う際の費用や車いすが利用可能な校庭にするなどの制約を加えます。生徒たちは水はけに関する簡単な計算モデルを構築し、これを使って実験することを通して水浸しの校庭の課題に対する解決策を見つけていきます。」と述べています。
Basu博士は先日、SPICEのようなSTEM+CSにおける様々な計算モデリングのアフォーダンスに関する対照研究を実施するために、SPICEとは別のNSFからの助成金を獲得しました。このプロジェクトは、Digital Promiseとヴァンダービルト大学との共同研究であり、児童や生徒が様々なタイプの計算モデリングをどのように利用して学習するのか、また、教師がこれらの活動をどのように認識し、実施するかについての理論に取り組むことを目的としています。Basu博士は、「私たちは、生徒たちが最終的に構築する工学的な設計だけでなく、最終設計に至るまでのプロセスにも興味を抱いています。」と述べています。
Basu博士が率いるもう一つ別のプロジェクトでは、中学校のCS教師がCSの内容やCSの基準、CSの教育実践に自信を持てるように支援できる方法を検討しています。CSを教える教師は、もともとはコンピューターの科学者ではなく、どちらかというと数学や理科、もしくは日本の国語の教師のような母国語としての英語の教師として訓練を受けていることが大半です。Basu博士は、このような教師がCSのコンテンツとその指導法に熟達し、ひいては児童・生徒がより良く学べるよう、専門的な学習リソースと専門性の育成セッションの提供に取り組んでいます。
CoolThink@JCは、香港で行われているComputational thinkingに関する大規模な取り組みのアウトカム研究と実践研究に貢献しているプロジェクトです。このプロジェクトでは、小学校4年生から6年生の生徒たちが日常生活の中でデジタルを使って創造性を発揮し、子供のころからテクノロジーを社会貢献に活用できるような方法を研究しています。このプロジェクト評価の一環として、Basu博士は同僚のDaisy Rutstein博士とともに、小学校の高学年を対象としたcomputational thinkingの概念を検証し、実践に関する評価法を開発しました。この研究は先日、「A principled approach to designing computational thinking concepts and practices assessments for upper elementary grades.」(小学校高学年を対象としたcomputational thinkingの概念と実践の評価設計のための原理的アプローチ)という論文で発表されました。
Basu博士の研究は海外でも認められています。NSFが資金を提供した会議である「Advancing Interdisciplinary Integration of Computational Thinking in Science(科学におけるcomputational thinkingの学際的統合の推進)」ではキーノートスピーカーとして講演、そして21CLHKでは招待講演をそれぞれ行っています。
Basu博士にとってのCSとAI教育の未来
Basu博士は、CSの教育関連プロジェクトに加えてノースカロライナ州立大学や南カリフォルニア大学の研究者と取り組んでいるプロジェクトに大きな期待を寄せていると語ってくれました。このプロジェクトは、AI教育に関するもので、AI拡張教育とは異なるものであると述べています。Basu博士は「AI教育はAIの概念と実践について生徒たちに教えるものですが、一方、私が学位研究で行ったこと、そして今も興味を抱いていることは、教育のために教育を補佐するAIです。」と説明しています。これは小さなプロジェクトですが、大きな可能性を秘めています。Basu博士はこのチームが「AIや教育、そして科学学習の研究者だけでなく、実務家や地域のコーディネーター、産業界の人々を集結させて、全米にわたる年長児から高校3年生までのAIに関する教育戦略を構築するという課題に取り組む、学際的な研究コミュニティを構築しようとしています。」と述べています。この研究コミュニティでは、AI教育への参加を広げることや児童・生徒たちにAIに関する倫理について教えること、および様々な学年の児童や生徒たちにとって発達上適切なことは何か、のような重要課題について検討します。
まとめると、CS教育、AI教育、およびAI拡張教育がBasu博士の興味がある主な分野です。Basu博士は教科や学年に関係なく、教師と児童・生徒の双方に対してサポートできる仕組みとしてAIの価値を見出しています。現在はこの分野をより深く研究するために、資金調達の機会を探っています。
「私は主にコンピューターサイエンス教育の研究者ですが、コンピューターサイエンス以外の教育の分野でも多くのエキサイティングなプロジェクトに携わっています。CSやAI教育に関連するテーマや内容を横断的に扱うことはとても楽しいことであり、児童・生徒や教師、さまざまな専門知識を持つSRIの研究者と一緒に仕事をすることは、非常に興味深いのです。CSと他の教科の統合、AI教育、AI拡張教育に今後も取り組んでいけることをうれしく思っています。」とBasu博士は述べています。