暗闇の中でもはっきり見える暗視メガネをDARPAとSRIが共同開発中
「暗視ゴーグルを何時間も装着したことがない人は、2ポンド(900グラム余り)の重りを額に付けた野球帽を一日中かぶっていることを想像してみてください。その負荷がどれほどのものか、少しはわかってもらえるのではないでしょうか」 – 米国防高等研究計画局(DARPA)防衛科学オフィス、プログラムマネージャー、Rohith Chandrasekar
フクロウのように暗闇の中でも見ることができるメガネをかけることができれば、と想像してみてください。暗いところを見る能力は、本来は人間に備わっているものではありませんが、私たちにとって多くの場面で役に立ちます。フクロウなど夜行性の生き物の暗い所を見る能力は、何百万年もの時間をかけて進化したものです。そして現在、DARPAとSRI Internationalは暗闇のベールを取り払い、真っ暗なところでもはっきり見える暗視メガネを共同開発しています。SRIインターナショナルのAMPED暗視ゴーグル(AMPED night vision goggles)は、暗闇の中を見るということについて大きく革新することが期待されています。
暗視ゴーグルをより明るく、そして軽量化する
SRIはDARPAのENVisionプログラムの一環として、NVG(暗視ゴーグル)の使い勝手と性能の改善を手掛ける契約を直接締結しています。このプロジェクトはDARPAのDSO(Defense Sciences Office:防衛科学オフィス)から資金提供を受けて暗視ゴーグルをゼロから開発するものであり、これまでの使いにくい暗視ゴーグルを一から設計し、より高性能かつ使いやすい暗視機能を持つ軽量なメガネを作ることを目的としています。
SRIのApplied Physics Laboratory(応用物理研究所)の研究員であるDavid Hill博士は、このように暗視ゴーグルを一から設計しなおさなければならない理由を、あるインタビューで次のように説明しています。「従来の暗視ゴーグルで採用されていた技術は非常に良くて有用なのですが、ゴーグル自体が大きくてかさばり、非常に重かったのです。さらに、波長帯も視野も限られていて、これまでの暗視ゴーグルは双眼鏡と同じように視野が狭いことから、周辺が見えなかったのです。」
このような欠点を考えると、「暗視ゴーグル」ではなく「軽量で視野が広いメガネ」に変えるという新しい世代への進化が必要でした。このプロジェクトでは光学系とイメージインテンシファイア(image intensifier)の要素を中心に、暗視ゴーグルに関する技術を根底から設計しなおします。暗視メガネの再設計に際して必要な条件として、次の点が設計目標に含まれています。
• 軽量であること
• 装着者の首への負担が少ないこと
• 視野が広いこと
• 歪みを最小限に抑えること
• 3ミクロン台までの広い波長帯域を捉えることができること
なぜSRIが暗視メガネの再設計を手掛けるようになったのか
SRIインターナショナルは、光学分野のイノベーションについて長い歴史があることから、暗視ゴーグルの再設計を手掛けるのにうってつけの組織です。SRIは2019年に米国陸軍のIVAS(Integrated Visual Augmentation System「統合型視覚支援システム」)プログラムにおいて、デジタル暗視カメラのプロトタイプを開発する契約を締結しました。このプロジェクトでは低照度CMOSイメージセンサーをカスタムのカメラモジュールと統合して最適化したことで、サイズと重量、および電力(SWAP)を低減できました。その後、この画像をスクリーンに投影する額装着型暗視システム「DomiNite」が開発されました。
Hill博士は、SRIインターナショナルとそのイメージング研究の長い歴史について次のように述べています。「SRIは低光量の赤外線イメージングに注目しており、先進的な検出器を長年にわたり開発してきました。ENVisionプロジェクトは暗視ゴーグルの新時代をもたらす、数々のアイデアが集結したものなのです。」
Hill博士によると、SRIは現在の技術の欠点を認識しており、短波長赤外線帯での検出力を向上させる方法を検討するなど、以前から暗視ゴーグルの再設計について検討していました。また、暗視ゴーグルの使い勝手や、高度な光学技術を駆使する為にかさばるレンズの数を、いかに減らすかについても取り組んでいます。さらに、このようなプロジェクトにSRIインターナショナルが提供できる独自の専門性と革新性の組み合わせについて、次のように述べています。
「SRIは独自の最先端プロトタイプに力を注いでいます。ENVisionの目標は、これまでにないものを開発することです。SRIでは、あらゆる面において技術的に不可能とされた障壁を一気に突破してしまうことが良くあります。」
ビジョンを投影する:第一段階
「私たちは、イメージインテンシファイアの作動方法を再構築しています。この技術は、暗視ゴーグルだけでなく、赤外線を画像化するあらゆる状況に応用できます。」とHill博士は述べています。
第一段階は2年にわたる予定であり、SRIチームはその間にベンチトップで操作できる単眼の装置を開発する予定です。このプロトタイプ機器の初期型はヘッドマウントタイプではありませんが、750~1550ナノメートルの近赤外線(赤外線)の全領域で暗視できるようになる見込みです。また、視野角は最大60度と広く、ヘッドセットのサイズと重量も劇的に軽減されます。
SRIは初期段階から、ENVisionシステムが高性能かつ入手しやすい暗視装置を必要とするすべての人に役立つものになることを期待しています。Hill博士はENVisionメガネの最も明確な用途は軍事関連であるとしており、この技術が使いやすさ、波長、視野、周辺視野において戦場での隊員の能力を向上させるとみています。
科学面の進歩という点については「我々はメタオプティクス分野も含めた多くの技術を進歩させようとしています。」とHill博士は述べています。このチームは、大きくて重いガラスレンズの屈折光学系を、従来と同じ機能を提供できるようなナノメートル級の小さな柱状やその他形状をした、非常に薄くかつ軽量の人工光学系に置き換えるにあたり、何ができるのか、その最先端を見据えています。
ビジョンを投影する:第二段階
第二段階では、単眼鏡をフルタイプの双眼鏡型プロトタイプに改良し、暗視メガネが「できること」の範囲を広げます。Hill博士は、このプロジェクトで750~1550ナノメートルの近赤外線(赤外線)から、3ミクロンにまで進化させると説明しました。また、これらの異なる領域を別々に可視化することにも取り組みます。「オペレーターの視野の中で、異なる色で(画像を)投影します。色を使うことにより、装着者が近赤外線信号か短波赤外線(SWIR)信号かを識別することができるのです。この機能は、一定の状況下では非常に有効です。非常に広い視野をできるだけ自然な視野に近づけ、普通のメガネをかけているような感覚にすることを目標としています。」と博士は述べています。
山積みの今後の課題
ENVisionプロジェクトにおいて難しい課題の一つは、必要とされる大きな機能を極めて小さいパッケージに収まるようにすることです。暗視ゴーグルに使われる筒の中には、通常6種類のレンズが入っています。そのため、ゴーグル自体が重くなってしまいます。この6枚のレンズと同等レベルに補正できるような代替品には、高度なメタオプティクスが必要とされます。SRIのチームは1枚を除いてすべてのレンズを、100ナノメートル級の薄い素材に置き換える予定です。もう一つの課題は、イメージインテンシファイアです。これは、非常に低い光量でも最小限のノイズでかなり幅の広い波長域を捉えることができなければなりません。今後の課題について、Hill博士は次のように述べています。
「SRIでは、科学的な研究と使いやすいものとのギャップを埋めようとしています。これは他の研究やプロジェクトにおいても、SRIの使命なのです。このプロジェクトは、SRIのこの使命を完璧に体現しており、私たちは、科学における最先端であり斬新な進歩を、実用的で使用可能になるように応用することを目指しています。」
参考資料:
Press Release, 2019: SRI International Awarded Contract to Support U.S. Army Integrated Visual Augmentation System
DARPA, Night-Vision Revolution: Less Weight, Improved Performance