困難な問題に対して新しいアルゴリズムを適用し、より高速かつエネルギー効率の高いフォトニック回路をマッピングすることで量子コンピューターに対抗
この世の中には世界最速のスーパーコンピューターを使っても、費用対効果や実用性を考えると解決に時間がかかりすぎてしまうような複雑な問題があります。実際、多くの問題には共通してこのような計算の複雑さの特性を有しています。最も広く知られている例で有名なのが巡回セールスマン問題(traveling salesperson problem)で、これは複数の都市を経由する最も効率的なルートを計算するシンプルな数学的構成の問題であり、実世界の課題の多くに広く応用されています。
このような問題は、数学者の間で「非決定性多項式時間困難問題 “non-deterministic polynomial-time hard problems”」、略してNP困難問題として知られています。多くの場合、近似値を利用することで解決に近づくことはできますが、国防総省など多額の資金を投入するような場面では、リアルタイムかつ高い精度での意思決定が求められるのです。
NP困難問題をより効率的に解決するため、SRIインターナショナルのComputer Science Laboratory(CSL:コンピューターサイエンスラボラトリー)内のAdvanced Technology and Systems Division(ATSD:先端技術・システム部門)は、米国防高等研究計画局(DARPA)の量子インスパイアードクラシックコンピューティング(QuICC)プログラムにて、5年間の契約を獲得しました。
David StokerとAdam Cobb(両人とも博士号取得者)はレーザー物理学とコンピュータサイエンスの専門知識を有しており、QuICCのもとでSRIの研究を牽引しています。この二人は、エネルギー効率の高いアナログのフォトニックハードウェアに量子アルゴリズムをマッピングすることで、NP困難問題を解決する新しいアプローチの実証を目指しています。このようなハイブリッドなアプローチは、”量子インスパイアード(QI)”コンピューティング(“quantum-inspired” (QI) computing)として知られています。
両者によると、QIコンピューティングは純粋な量子コンピューティングより拡張性のあるハードウェアアクセラレータにつながるのではないかということです。QI技術は量子コンピューターよりも既存の産業用の部品や工程で構築でき、拡張性を付加することができます。量子コンピューターは現時点では、米国防総省の厳格なサイズ、重量、電力の仕様に適合していません。Cobbは「だからこそ、私たちはこのような課題を、より速いペース、かつより低コストで解決しようとしています。」と述べています。
Stoker曰く、「いわゆる”量子至上主義”は、ソリューションに必要な総エネルギーなどの指標を考慮すると、達成するのがかなり難しくなります。我々は、国防総省が重要視している複雑な現実世界の課題に対し、拡張性のある解決策を開発すべく、フォトニクス製造とニューロモルフィックコンピューティングの分野の経験を有する強力なチームを結成しました。」
Cobbは、「我々はNP困難問題に取り組むために、我々の新しいハードウェアに特化した効率的な設計ができるような、独自の機械学習アプローチを開発します。量子コンピューターが解決するような課題について、従来型のハードウェアで実行したときに、そのソリューションをより速く、かつより効率的にする新しい理論を開発することを目的としています。」と述べています。
この困難な目標を達成するために、SRIはロチェスター工科大学(RIT)のStefan Preble氏、ニューヨーク州立大学研究財団(RF-SUNY)のChristopher Baiocco氏との共同研究を実施します。このチームは、AIMフォトニクスファウンドリー(AIM photonics foundry)にある最先端の統合型フォトニクスの製造、パッケージング、テスト施設を活用する予定です。
Stokerは、「量子インスパイアードコンピューティングでは、米国防総省の業務と密接に関連する、既存の複雑な最適化に関する問題を解決し、将来のニーズに合わせて解決策となるハードウェアを拡張できると考えています。しかし、この先、交通やエネルギー、水資源、ヘルスケアなど、人類社会全体が直面するさまざまな最適化に関する課題に対して、幅広い示唆を与えられるのではないかと思っています。」と述べています。
本資料は、米国防高等研究計画局(DARPA)より空軍研究所(Air Force Research Laboratory:AFRL)契約番号FA8750-23-C-1001の支援を受けた業務に基づいています。表現された見解、意見および/または発見は、著者に帰属し、国防総省または米国政府の公式見解または方針を代表するものと解釈されるものではありません。