インクから生まれる「chiplets(チップレット)」で、ディスプレイや電子機器を直接プリントする未来

マイクロアセンブリ・プロジェクトの作業をする研究者のSourobh RaychaudhuriとBrad Rupp


研究者たちは、チップレットを含んだ新しいインクを活用し、統合されたシステム上にプリントする先進的な製造方式でコストと参入障壁を下げようとしている


顕微鏡で見ると、それはまるで蟻のようにも見え、ピクニックに行くかのように小さな黒い長方形がピクピクと動き回り、やがて正確に整列します。このピクピク動く点の正体のひとつひとつはコンピューター・チップであり、プロジェクト・リーダーのEugene Chowはこれをよく「チップレット(chiplets)」と呼んでいます。これが形成するパターンは、今までのコンピューターの回路を作るときのように1つの大きなコンピューター・チップで構成するのではなく、多数の小さなチップレットが静電気の力で所定の位置に誘導されるという新しい方向性を示しています。

「これは電子インクともいえます」とChowは述べています。ChowはパートナーのJeng Ping Luやその他数名とともに、ここ10年にわたってこの技術の開発を進めてきました。「個々のチップが、メモリ、ディスプレイ、ロジック、通信、センシングなど、さまざまな機能を果たすことができるのです。」とChowは述べています。

Chowはこのプロセスをソフトウェア制御したマイクロアセンブリと呼んでいますが、これはアセンブリ技術の変革を象徴しています。現在ではソフトウェア制御アセンブリはエンジニアが統合システムの中で各ビルディングブロックを容易に配置できるのですが、これはロボティックスアセンブリ方式で制御できる1ミリ以上の大きなものに限られています。その一方、1ミリより小さいものを扱うマイクロアセンブリではソフトウェアで制御することができない方式が必要とされることから、化学、流体工学、あるいは生物学のような自己アセンブリ(自己組織化)の技術を活用して回路を生成します。つまり、設計するのが非常に難しいのです。

Chowが手掛ける新しいプロセスは、スケーラブル且つ異種混合のマイクロシステムを構築するという幅広い課題に対応できる、根本から新しい方法となりえる可能性を秘めています。この新しいプロセスを完全に実現できれば、ディスプレイやエレクトロニクス、ひいては素材の製造方法を一変させる可能性があるのです。半導体の分野では「ファブ(fab)」と呼ばれるナノファブリケーション施設は現在、一件を建設するのに数十億米ドルのコストがかかります。新しいチップの開発には時間と法外なコストがかかることから、一握りの大企業に限られています。

現在、ディスプレイや電子部品は高額なモノリシックプロセスで製造されており、基本的に1つの大きなチップの上に薄膜を形成していることから、素材やデバイスの多様性が限定された大量生産の用途に絞られてしまい、カスタマイズ性はゼロに等しいのです。

根本的に異なるアプローチ

Chowが構想しているのは、数十億米ドルという規模ではなく、数百万米ドル単位という、建設コストが1桁(あるいは2桁)安いマイクロアセンブリ関連施設という全く新しいものです。

コスト面が削減されるだけでも、エレクトロニクスの世界に「民主化」をもたらす効果があることから、革新的だがリソース不足の新規参入者がこの分野に参加できるようになる可能性があります。さらに、マイクロアセンブラはスピードも速く、手軽にアセンブリできることから、さまざまなデバイスを組み合わせてこれまでとは根本的に異なる新しい回路を作ることができます。マイクロアセンブラは、ファブや設計の根本的な転換を代表するものであり、資金面でも概念の面でも従来は想像もできなかった可能性を追求できるのです。

新しいアイデアやプロトタイプの回路は、コードを数行変更するだけで、ラボで自由に設計・プリントすることができるようになります。生産設備全体は、街の一角をしめるのではなく、実験室で収まる規模になるかもしれません。カスタマイズした製品を、手ごろな価格で少量生産することができるようになる可能性があるのです。

「反復的な利点は非常に大きいです。チップレットの大規模なライブラリを活用すれば、設計者が思いつくであろうあらゆるものをすぐにプリントできることから、これまでの方式よりも数十年も早く、新テクノロジーをシステムに取り入れることができるようになるのではないでしょうか。」とChowは述べています。

理論的には、産業界やアカデミアのあらゆる半導体デバイスや素材をチップレットインクとして使用することができることから、現存する最高のチップレットデバイス技術を上市することができます。これは特に、リスキーな新素材に依拠するような他の製造アプローチとは対極的です。というのも、他のアプローチ、特に面積の大きい先端製造装置を使うものではモノリシックに統合することが難しいのです。

回路のプリント

チップレットのような粒子をインクに浮遊させてプリントできることを思いついたことが、Chowとそのチームにとって重要なインスピレーションとなりました。チップを正確に制御して並べ、それらを回路に配線する方法を追求するにあたり、研究者たちはソフトウェアを使って微細な静電気の力場を操作することで、正確かつ指向性のあるアセンブリを可能にしました。

ソフトウェア制御されたマイクロアセンブリを使用して、シリコンチップが「SRI」という文字を形作るリアルタイムの実験。各チップの大きさはヒトの髪の幅よりも小さい。(Sourobh Raychaudhuriによる実験)

「このソフトウェア制御の力場を使えば、チップレットに目的地を正確に指示することができます。チップレットが目的の場所を見つけると、停止して所定の位置に正確に落ち着きます。これと同じ技術を使うと、位置のずれた集合体を研究者たちが修復(または治療)や、異なるタイプのチップレットを一度にアセンブリすることができるのです。アセンブルされたチップレットのパターンは基板に転写され、システムに相互接続されます。」とChowは述べています。

実用化の鍵となる静電的アプローチと高スループット・システム・アーキテクチャ計画は、レーザープリンターのコンセプトから着想を得ています。レーザープリンターはChowとLuが20年超と働いていたパロアルト研究センター(PARC)で発明されたものです。PARCはSRIの傘下で先進的な製造テクノロジーを探求し続けることを嬉しく思っています。

「究極的に言うと、マイクロアセンブリ・プリンターは、次世代ディスプレイ、電子部品、そして素材の革新的な新しい製造機器となる可能性を秘めています。SRIには、このビジョンの実現に寄与できるような、学際的な才能を有した素晴らしい人材が揃っています。」とChowは述べています。


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