個別教育計画(IEPs)の匿名化処理を手掛けるインテリジェントなシステムで特別支援教育のベストプラクティスを見出すことをサポート
米国では特別支援教育を必要とする公立学校の児童生徒一人一人に、個別教育計画(IEPs: Individualized Education Programs)という法的な文書が作成されます。IEPsにはその児童生徒に関する基本的な情報だけでなく、本人の長所、障害に対応するためのニーズ、学校の成績が記録されており、これらの評価に基づいてその子どもに特化した個別の指導計画や配慮、そしてサービスが提供されます。
IEPsは学校が児童生徒の特別支援教育とその進捗状況を記録するときに、中心となるツールです。しかし、IEPsは記述中心のフォーマットであり、また個人情報保護法により情報の共有が制限されていることから、最良慣行(ベストプラクティス)の判別やより良い成果を達成するにあたり、障害のある生徒間の比較や分析を実施しにくい面があります。
これに対応すべく、自然言語処理を活用してIEPsから識別情報を匿名化してテキストベースにした情報を分析するために、SRIはAI技術を使用した自動再編集プログラムを開発しています。このような再編集は現在手作業で行われていることから、時間がかかり、ミスも発生しやすく、限界があります。ですが、自動再編集とAIによるIEPsデータベースのコード化を組み合わせれば、大量にあるIEPsを研究に利用できるようになることから深層分析ができるようになり、特別支援教育の効果を高められる可能性があります。
SRIの研究者たちは、機械学習と自然言語処理を応用して、まずはPDFファイル用の再編集プログラムを構築しています。
SRIのCenter for Learning and Developmentに所属するシニア教育研究員のAdrienne Woodsは次のように述べています。「全国の教育委員会と関わったことでわかったのですが、特別支援教育ではより良いデータに対する需要が非常に高いのです。だからこそ、私たちは個別教育計画(IEPs)の作成にあたり、現在学校が収集することを義務付けられているデータを活用するときに、AIの技術的な進歩を利用できないか検討することにしました。」
Woodsは続けて、「私たちの目標は、この重要なデータにアクセスし、これを利用する際の障壁を下げることです。これにより、障害のある児童生徒の教育成果向上に繋がることを願っています。」と述べています。
特別支援教育の課題に取り組む
Woodsはこの目標に向かって、SRIのAIセンターでAdvanced Analyticsグループのテクニカルディレクターを務めるDayne Freitagとの共同研究を主導しています。Woodsは特別支援教育の専門知識を、そして、Freitagのチームはデータサイエンスの分野でデータマイニングとデータの統合にAIを応用する専門知識をそれぞれ提供しているのです。
Woodsがこの研究分野に関心を抱いたのは、自身の弟が特別支援教育を受けていた子ども時代にさかのぼります。Woodsの家族にとっては、学年が上がるごとに特別支援教育制度の利用に対して新たな問題に直面することとなり、全体としてもWoods自身と弟とでは経験することが全く異なっていました。
ミシガン大学の博士課程に在籍していたとき、Woodsはある地域の学区にて保護者や教師、校長先生、その他の関係者に特別支援教育プログラムについて話を聞きました。そこでわかったのは、一般的に政策決定は、特別支援教育の制度内で認識されている課題を改善するため、あるいは特別支援教育に役立ってほしいということを意図してなされているということでした。しかし、このような政策は、課題を完全に理解するために使用するデータ自体が不十分であることが多く、これによって各学校のミッション達成を無意識のうちに妨害していたという結果を招いていました。
Woodsは次のように述べています。「保護者も教師も、子どもたちに成功してほしいと思っているのです。だからこそ、児童生徒の情報が不確かであったり、不足したりしていると大変困ります。より良いデータが必要なのです。」
新たな知見を得る
課題は山積みです。まず、IEPsに記載される情報はほぼ同一なのですが、文書のフォーマットは学校によって大きな差があり、ましてや州ごとでは更に違いがあることは言うまでもありません。再編集を適切に実施するには、このような差異をAIプログラムがダイナミックに理解できる必要があります。
SRIの研究者たちは機械学習と自然言語処理を応用して、IEPsの一般的なファイル形式であるPDFファイルを再編集できるプログラムを開発しています。児童生徒の障害や学習方法に加え、教員や特別支援教育を提供する関係者に関する戦略や指示についての匿名化されたデータは AIを活用したプログラムによってコード化されます。IEPsは毎年度新しいものができることから、これは毎年成長していきます。Woodsはこれを「生きたデータシステム」と呼んでいます。
「私たちは、このシステムを各学区のニーズに合わせてかなり柔軟に活用できるツールとなるよう検討しています。教員や管理職、政策立案者、そして研究者が匿名化されたデータセットを地区ごとや地区全体で、あるいは州単位で見ることができるように、そして専門的な能力開発が必要なのは誰か、どこに資金を投じるべきか、成功モデルとなりうるのはどの学区なのか、などがわかるようにしたいです。」とWoodsは述べています。
児童生徒一人一人の成長を支援する
Woodsとそのチームが探求している、有望と見込まれる方法の1つは、特別支援教育における介入(医療分野と同じように治療-treatments-と呼ばれており、定量的には投与量と呼ばれています)に対する児童生徒それぞれの反応の予測モデリングです。このデータサイエンス主導型のアプローチでは、IEPの情報を収集して児童生徒の長所やそれぞれのニーズに関するプロファイルから、「治療」に対する生徒の反応を予測します。この予測は、同じような「治療」で同じような「投与量」に他の児童生徒がどのように反応したのかを広範囲で比較したものを基にしています。
Woodsは次のように述べています。「私たちは、児童生徒がたどると思われる足跡を描き始めることができるのです。こうすることで、児童生徒がその足跡に沿わなかったときには、教育者は年度末までそのままにしておくのではなく、また足跡に戻るようにタイムリーに軌道修正することができます。また、地区レベルでは管理職が人員計画や資源管理の面で、より先を見据えて取り組めるようになります。」
[この研究チームは、現場関係者やIEPに携わるすべての人に向けてIEPsのデータに関する原著論文を発表しています。]