赤色、黄色、そして青色が発光
〜LEDがいかにして青色の光を手に入れたか〜
「75年間のイノベーション」シリーズでは、SRIが設立された1946年から現在に至るまでの数々の画期的なイノベーションを取り上げます。SRIの英語ブログでは、2021年11月の75周年を迎える日まで、毎週1つずつイノベーションに関する記事をリリースしています。この日本語ブログでは、その中からいくつかを日本語にてご紹介します。
発光ダイオード(LED)の世界において、青色の光は実現困難とされてきました。RGBのスペクトラム内では赤や緑のLEDは青色に比べ容易に実現できたものの、壁掛けテレビのような消費者向けの技術に必要なカラースペクトラムの幅を広げるには、エネルギー効率に優れた青色LEDが不可欠でした。
青色LEDができたことにより、青紫色が表現できるようになっただけでなく、エネルギー効率が向上し、白い光も作り出せるようになりました。あらゆる色が揃うことで、光を多彩に使用する世界にさまざまな可能性をもたらしたのです。
青色LEDは、他の技術を実現に導くテクノロジーとして世に出ました。そのストーリーにおいて大きな役割を果たしたのは「窒化ガリウム(Gallium Nitride;GaN)」と呼ばれる金属化合物であり、この物質がテレビや携帯電話、その他さまざまな現代の機器を根本から変えていきました。
これは、実現困難と言われた青紫色の発光ダイオードにまつわる物語です。
赤から緑、そして青色発光ダイオードへ:窒化ガリウムが青色の光を放つまで
発光ダイオードは、半導体デバイスの一種です。ダイオードは、正と負の性質を持つ2つの領域を接合して形成します。
● P型半導体(正孔が多い半導体、正の電荷)
● N型半導体(過剰電子、負の電荷)
このP-N接合は、正しい極性の電圧が印加されたときにのみ電流が流れます。発光ダイオード(LED)では、これにより光子が放出される、つまり発光するのです。「ドーピング」とは、このように異なる元素を添加することで「電子の穴」を埋め、電子の密度を高めて半導体の性能を向上させることを意味します。
RCA Laboratoriesは、後にDavid Sarnoff Research Centerとして名を馳せた研究所ですが、現在はSRIインターナショナルの一部門となっています。1970年代前半に、RCAのDavid StevensonやHerbert Maruskaなどが率いたチームは「窒化ガリウム(GaN)の結晶にドーピング」を施して、青紫色に発光するダイオード(青色LED)を世界で初めて作り出すことに成功しました。このチームが結晶を成長させるときに用いた方法は、「ハイドライド気相成長法(HVPE法:Hydride Vapor Phase growth process)」と呼ばれています。この特許ではその生産物として得られるLEDの用途を、「半導体を使用したテレビ画面など、さまざまなカラーディスプレイシステム」と提案しています。
1974年にStephenson、Rhines、Maruskaの3名が取得した特許「Gallium Nitride Metal Semiconductor Junction Light Emitting Diode(窒化ガリウム金属半導体接合発光ダイオード)」には、青色発光ダイオードの製作過程が記載されています。研究チームは、純粋な窒化ガリウム(GaN)とマグネシウムをドーピングした窒化ガリウムの接合、いわゆるP型GaN膜を考案し、両者の間に電流が流れるようにしました。これが、窒化ガリウムの半導体としての性質をより高めるための突破口となり、研究チームがマグネシウム原子で窒化ガリウムをドーピングしたことが特許の最終段落に記されています。
「内在する窒化ガリウム層のマグネシウムアクセプターに電子を捕捉させる工程と、電子を除去するのに十分な大きさの電圧を印加して前記アクセプターから前記電子を除去させる工程と、電子を前記マグネシウムアクセプターと再結合させることにより紫色の光を生成する方法」
(原文)“The method of generating violet light which comprises the steps of trapping electrons in magnesium acceptors in an intrinsic gallium nitride layer, causing removal of said electrons from said acceptors by applying an electric field of sufficient magnitude to remove the electrons, and causing electrons to recombine with said magnesium acceptors whereby to generate violet light.”
RCAで開発されたこのプロセスは、青色の光を作り出す際の難しさを感じさせないものとなっています。赤色発光ダイオードが商業的に実用化されたのは1960年代初頭のことでした。赤色LEDにはダイオードの基板としてガリウム砒素リン(GaAsP)が使われており、黄色の発光ダイオードはその後すぐに登場しました。しかし、青色はLEDの科学の世界が及ばない色だったのです。P型半導体の基板として窒化ガリウムを使用するという発明がなされて初めて、青紫色が発光ダイオードのスペクトラムに加わりました。また、窒化ガリウムを使用することにより、エネルギー効率が飛躍的に向上し、より低い周波エネルギーで作動するようになりました。
テクノロジーの歴史における青色LEDの位置
このストーリーの背景には、物質に電気エネルギーを加えると光を放出するという「エレクトロルミネセンス(EL)」という、一見謎のような現象があります。この現象は、1907年にMarconiの助手であったH.J Roundによって発見されました。エレクトロルミネセンスとは、ある物質に電流を流すと、その電気エネルギーが光エネルギーに変換されるという現象です。発光ダイオードが開発された背景には、この現象が存在します。
エレクトロルミネセンスの課題は、制御が難しいことでした。20世紀に入ってからも、発光を制御できる理想的な素材を探す研究は続いていました。しかし、赤色や黄色の発光ダイオードは作成できたものの、青色の光はなかなか実現できませんでした。
RCAでは1960年代前半の1962年に、Jacques Pankoveがガリウムヒ素(GaAs)を使用した赤外線エレクトロルミネセンス(赤外線EL)について報告していますが、このGaAsは半導体としては完全なものではありませんでした。その後、基板やドープ剤(ドーパント)を変えてさまざまな実験が行われ、赤色、緑色、黄色、そして最後に青色と次々に発光していきました。
そして、青色からは「白い光」を作り出すことができました。
青色LEDはエネルギー効率が非常に高いことから、消費者向けの照明器具開発の足がかりとなりました。現在では、電化製品のインジケーターからスマートフォンのディスプレイまで、さまざまな用途に使用されています。
青色LEDが世界を照らすまで
半導体は、私たちの世界を一変させました。20世紀の古い白熱電球に代わり、LEDの照明が登場したのです。その頃のテレビは、ブラウン管という大きな部品が使われていて、サイズも今と比べると場所を取る大きさでした。そして、ブラウン管テレビは電力の消費量が大きく、効率の悪いものでもありました。LEDを採用したことでテレビは薄く洗練されたものとなり、業界に革命をもたらしたのです。
しかし、LEDの原点である半導体の実用化には、数々の段階を経なければなりませんでした。その1つは、窒化ガリウムを用いたときに青色が発光したというプロセスを発見したことです。RCA、現在のSRIインターナショナルの研究チームの先見性と粘り強さがなければ、あのほのかな青色の光は科学者の目に留まらず、世の中に現在存在している多くの発明品の誕生を遅らせることになったかもしれません。
今度LEDテレビや電化製品のスイッチが点滅しているのを見たら、どのような光源を使用しているか考えてみてください。そして、それを実現したのは、窒化ガリウムの結晶であるということを思い出してください。
参考資料:
Stephenson, et. al., “Gallium Nitride Metal Semiconductor Junction Light Emitting Diode”, 1974: http://media.oregonlive.com/silicon-forest/other/blue_led_patent.pdf
Leskelä, M., et.al., Electroluminescent Phosphors, Materials Science and Materials Engineering, 2018: https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/B0080431526004617
Maruska, H., Rhines, W., A modern perspective on the history of semiconductor nitride bluelight sources: https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0038110115001318#b0020
Hu, J., et. al., Hydride vapor phase epitaxy for gallium nitride substrate, Journal of Semiconductors, 2019: https://iopscience.iop.org/article/10.1088/1674-4926/40/10/101801/meta