超水平線レーダーの開発にあたり、ワイド開口レーダー施設(Wide Aperture Radar Facility:WARF)を数十年にわたって活用
「75年間のイノベーション」シリーズでは、SRIが設立された1946年から現在に至るまでの数々の画期的なイノベーションを取り上げます。SRIの英語ブログでは、2021年11月の75周年を迎える日まで、毎週1つずつイノベーションに関する記事をリリースしています。この日本語ブログでは、その中からいくつかを日本語にてご紹介します。
超水平線レーダー(Over The Horizon Radar):水平線の反対側を見るには
角を曲がった先や水平線の反対側を見ることを想像してみてください。会いたくない人に気まずく出会うことを間違いなく未然に防いでくれる便利なスキルです。しかし、今回の話で出てくる「水平線」とは、私たちが実際に目で見えるものではありません。エミッターから最も遠く離れて、レーダーが探知可能な距離にある「レーダー水平線」についてを指しています。
そして、「水平線の先」を検知できるレーダー開発の基礎を築いたのは、「ワイド開口レーダー」の施設を擁するスタンフォード大学でした。SRIは1960年代後半にスタンフォード大学からこの研究を引き継ぎ、その後10年にわたり電波を使って遠くの物体を探知する方法に変革をもたらしました。
レーダーはSRIによっていかに普及されたか
レーダー(Radar)とは、Radio Detection And Ranging(電波探査・測定)の頭文字をとったものです。レーダーの最も基本的な仕組みは、アンテナから指定した場所に向けて無線信号を送信し、受信機が無線信号の経路上にあるあらゆる物体の反射(エコー)を検出するというものです。物体までの距離は、パルスを送信してからエコーが到着するまでの時間差で計算します。
レーダーは、1886年に物理学者のハインリッヒ・ヘルツ(Heinrich Hertz)によって発明されました。電磁波がさまざまな物体から反射されることに気づいたヘルツは、反射板を使って電磁波を集束してビームにしました。しかしながら、この初期段階のレーダーが実用化されるまでには数十年を要しています。初めて普及したのは第二次世界大戦中であり、レーダーは敵機を追跡するために使用されました。
この初期のレーダーは非常に役に立ちましたが、その性能には限界がありました。電波信号は直線的に進むため、アンテナと対象物の間に遮蔽物があったり、また、天候や大気の状態、他の電波による干渉や分散により、レーダーの信号が到達する距離が短くなることがあり、誤認識等も発生しました。この頃のレーダーの有効範囲は、まだ「見通せる距離内の水平線」まででした。
レーダー水平線の反対側にある物体を感知することは、まるで科学のパズルのような課題でしたが、SRIインターナショナルはこれを解決することで超水平線レーダー(OTHレーダー)の開発に繋げることができたのです。
OTHレーダー開発への道を切り開く最初のブレークスルーとなったのは、SRIの設立母体でもあるスタンフォード大学でした。スタンフォード大学は1960年代にワイド開口レーダー施設(Wide Aperture Radar Facility:WARF)を設立しており、SRIがその後WARFの運営を引き継いでOTHレーダーの革新的な研究を開始しました。WARFにはカリフォルニア州のロストヒルズにある送信基地と、カリフォルニア州のロスバノスにある受信基地の2か所の基地がありました。送信機と受信機の距離を離すことにより、WARFは高解像度のパフォーマンスと周波数連続変調(FMCW:frequency modulated continuous waveform)が可能となりました。これは、2つの基地間で連続波形を生成する初の実証例となり、より高解像度のレーダー・センシングへとつながりました。
WARFでの研究の進歩により、SRIは海上船舶の高解像度かつ長距離の遠隔監視の開発に乗り出すことができました。WARFで可能となった高空間分解能とドップラー信号処理の革新的な研究を組み合わせることで、SRIは他の方法よりも優れた性能を実現し、真のOTHレーダーに向けて大きく前進しました。
他には見えないものを「見る」ための躍進
OTHレーダーは、通常のレーダーでは見えない何百キロメートル、何千キロメートルも遠く離れた物体を探知することができます。SRIが開発したスカイウェイブ(skywave)というシステムは、4,000キロメートル(2,500マイル)先までの物体を検出できるOTHレーダーの開発につながりました。スカイウェイブは(短波帯の)超短波信号とスキップ(skip)と呼ばれる送信方法を用います。スキップとは、電波が電離圏(電離層)で跳ね返されて地球に戻ってくる現象です。その反響(エコー)は同じように戻ってくることから、レーダーで船や飛行機などの物体を感知することができます。これにより、SRIのOTHレーダーは既存レーダーの見通せる距離内の水平線より大幅に超えて(地球を1/3周したところまで)物体を感知することができるのです。
その後数十年にわたり、SRIは森林を透過するレーダーから、上層大気や電離層の研究、宇宙気象現象の観測を可能にする移設可能な先進モジュラー型非干渉性散乱レーダー(AMISR:Advanced Modular Incoherent Scatter Radar)など、OTHレーダーの原理を活用した重要なイノベーションを生み出しました。
これらの開発は、知識や発見をもとに実用的な技術の応用実例を構築するという、SRIの研究開発のポートフォリオを代表するものです。OHRレーダーは今でも使用されており、SRIが開発したWARFシステムはオーストラリアのJINDALEEレーダーなどを含む他のOTHレーダーシステムを生み出しました。水平線の反対側の空中や地表の物体を追跡する機能には多くの用途があります。今では世界中の国々がOTHレーダーを使って遠隔地監視しており、ステルス機やミサイルの発射も検知しています。SRIとWARFが私たちに残してくれたのは、現代のOTHレーダーを利用して「水平線のはるか向こう側を見渡すことを可能とする」技術なのです。
参考資料:
Joseph F . Thomason, Development of Over-the-Horizon Radar in the United States, U. S. Naval Research Laboratory
Sinnott, Donald. (1989). The development of over-the-horizon radar in Australia
The Dish, SRI International, Advanced Modular Incoherent Scatter Radar (AMISR): https://medium.com/dish/75-years-of-innovation-advanced-modular-incoherent-scatter-radar-amisr-e5b56847b39e (日本語ブログ:先端モジュール式非干渉性散乱レーダー)