AMISRが「宇宙天気」についての知見を積み重ねる
「75年間のイノベーション」シリーズでは、SRIが設立された1946年から現在に至るまでの数々の画期的なイノベーションを取り上げます。SRIの英語ブログでは、2021年11月の75周年を迎える日まで、毎週1つずつイノベーションに関する記事をリリースしています。この日本語ブログでは、その中からいくつかを日本語にてご紹介します。
AMISR:宇宙環境を研究するために必要な重要データを収集して科学者に提供する、モジュラー式の移動可能、かつ遠隔操作ができる世界初のテクノロジーシステム
北極圏や南極圏のオーロラは人々がこぞって見に来る不思議な自然現象です。オーロラは、精霊の踊りや魔獣についての言い伝えなど、様々な民話の元となっています。しかし、この素晴らしい空の光のショーには、「太陽の活動が非常に活発である」という確固たる科学的な理由があるのです。太陽は荷電粒子を「太陽風」という形で放出しており、太陽風と地球の磁場との相互作用が「宇宙天気」と呼ばれる様々な現象を引き起こしています。これらの粒子が地球の大気中の原子や分子にぶつかると、それらが励起され、光子(いわゆる光)を放出します。
宇宙天気は素晴らしい光のショーを作り出すだけではありません。その美しさの反面、人工衛星や航空機、電力網など、様々な機器に悪影響を及ぼすことがあります。
宇宙天気を予測するためには、大型で固定式の非干渉性散乱(Incoherent Scatter:IS)レーダーの建設という大掛かりな工事の必要がありました。しかし、先端モジュール式非干渉性散乱レーダー(Advanced Modular Incoherent Scatter Radar:AMISR)が開発されたことにより、宇宙天気の研究はより容易になり、より多くの人にとっても参入しやすくなりました。SRIインターナショナルが世界で初めて開発したのは、世界中の研究者や学生が利用できる、遠隔操作と移設が可能なISレーダーの施設でした。
宇宙天気の測定にはなぜ「AMISR」が必要なのか
宇宙天気というと、私たち一般人には関係のないことのように思われるかもしれません。しかし、この自然現象は私たちにとって、地球上にある機器や日々の活動に大きな影響を及ぼしています。宇宙天気に関連した出来事はここ数十年の間で何度も発生しているのです。1989年に発生した大規模な地磁気嵐では、ケベック州の電力網インフラを停止させただけでなく、イギリスでも変圧器2機が故障しています。米国海洋大気庁(NOAA)全国気象サービス(National Weather Service)が2017年に発表した米国における宇宙天気の経済的・社会的影響に関する報告書では、宇宙天気から米国の電力網を保護するためのワンタイムコスト(一時的な費用)は5,000万米ドルから10億米ドルになると見積もられています。
宇宙天気は、太陽の活動や他のより一般的な宇宙に関する事象によって発生します。これらの事象は、以下にあげる3タイプの宇宙天気の原因となります。
• 電波障害(太陽フレアによる高周波電波の障害など)
• 太陽の放射線嵐、太陽フレアやコロナ質量放出(CMEs: Coronal Mass Ejections)は、「太陽高エネルギー粒子」(SEPs: Solar Energetic Particle)を放出します。これらは人工衛星や航空機に悪影響を及ぼす上、SEPは航空機の乗員や宇宙飛行士の生物学的な(身体的な)問題の原因となる可能性があります。人工衛星の電子機器が太陽嵐の影響を受けると、交通システムや船舶の運航、さらには携帯電話の通信にまで支障をきたすこともあります。
• 地磁気嵐は、地球に向かって飛来するCMEや、太陽風に内在する他の構造物が地球の磁場と相互作用することによって発生します。宇宙船や人工衛星の停電の原因となるほか、大規模な嵐は通信の遮断や電力網停止を引き起こすこともあります。
この3つは同じ事象で発生することもあります。
宇宙天気は「天文学的な規模」の影響を及ぼします。だからこそ、宇宙天気の研究や観測は、地球上でも重要なのです。
宇宙天気は決して新しい分野の研究ではありません。しかし、AMISRプロジェクトが画期的とされたのは非干渉性散乱レーダーを世界各地の上層大気活動で研究できるよう、移動式のモジュラーシステム構造にしたという点でした。また、AMISRシステムは遠隔操作も可能なため、より多くの科学者が研究に携わることが可能になったのです。
宇宙天気研究の歴史の中で、AMISRはどのような位置付けなのか
宇宙天気の観測や予測には長い歴史がありますが、電離層や上層大気を観測するための技術である非干渉散乱レーダー(ISレーダー)が開発されたのは20世紀半ばのことです。ISレーダーは主に、太陽放射や粒子が地球の磁力線に及ぼす影響の研究に使われています。1970年代半ばからは、米国国立科学財団(NSF)がISRの開発を管轄していました。
その当時、ISレーダーは「固定式の大きな設備」でした。例えば、1962年に建設されたプエルトリコのアレシボ天文台のISレーダーは305メートルの固定式パラボラアンテナでしたが、その費用は1,000万米ドル(現在の価値で約8,500万米ドル)でした。
SRIインターナショナルは2000年に世界初となる「移設式の大気観測所」の構築を提案しました。そして、2002年にはこのプロジェクトの当初構想を変更して「AMISR」とし、2003年には4年間の総額4,400万米ドルの予算が米国科学委員会(National Science Board)に承認されました。
AMISRはどのように作用するのか
SRIは、32m×28mの一面に約128枚のパネルを配置した実物大のAMISRのフェースを3つ作りました。各パネルには32個のアンテナ素子ユニット(Antenna Element Unit:AEU)があり、パネル制御ユニット(Panel Control Unit:PCU)で制御・モニタリングしています。レーダーへの給電は航空機の標準でもある400 Hzの電力を電力供給ユニット(Utility Distribution Unit:UDU)8台にて供給しています。システム全体は、汎用コンピュータと低周波信号処理モジュールを整備したオペレーションコントロールセンター(Operation and Control Center:OCC)にて管理しています。
ここ15年にわたりAMISRは非常に信頼性が高く、現場のスタッフがほとんど必要ないことを実証しています。
AMISRの斬新な点は「遠隔操作ができること」であり、「必要に応じて場所を移動できること」です。研究者は刻々と変わる宇宙天気の現象が発生するたび、迅速にレーダーのビームを操作し、適切なポジションに向けることができまです。その為、世界中の学生や研究者にとっても非常に利用しやすいシステムとなったのです。
初となるAMISRのレーダーフェースはアラスカ州のポーカーフラットに建設されました。残りの2つのフェースは、カナダのレゾリュート・ベイとヌナブトに建設されました。AMISRの各フェースはそれぞれ独立しているので、同時に最大3カ所に展開することができます。
AMISRは宇宙天気の分野以外にも利用されています。ポーカーフラットのISレーダーは、SRIのスピンオフ企業であるLeoLabsが開発したクラウドベースのSaaSプラットフォームと統合し、レーダーのデータを「人工衛星の衝突予防」や「宇宙ゴミの検知」に利用できるようになりました。
AMISRが嵐を鎮める
SRIインターナショナルは、非干渉性散乱レーダーというものを世界中の研究者や学生が利用できるようにしました。これにより、AMISRは「宇宙天気予報」という分野をより多くの人に広めることができたのです。AMISRの設備は、大気波やGPS信号に対する電離層の障害、オーロラのプラズマ不安定性など、様々な内容についての250件以上もの科学論文を下支えしてきました。
AMISRは、米国国立科学財団(NSF)が科学研究用に出資した、このサイズでは初めてのレーダーシステム開発です。このフレキシブルなモジュラー式の遠隔操作ができるレーダーは、実験できる機能を研究者たちへ提供しています。非現実的と思われたこのような研究が可能になったことで、宇宙天気が現在そして将来どのような影響を及ぼすのかを調べることができるようになったのです。
あなたが北極圏のオーロラを見るとき、AMISRもそのオーロラを見ているかもしれません。
参考資料:
AMISR website: https://amisr.com/
Scientific American, “20 Years Ago, Earth Was Blasted with a Massive Plume of Solar Plasma” March 2009: https://www.scientificamerican.com/article/geomagnetic-storm-march-13-1989-extreme-space-weather/
The European Space Agency, Space Weather Effects: https://www.esa.int/ESA_Multimedia/Images/2018/01/Space_weather_effects
NOAA, Social and Economic Impacts of Space Weather in the United States, 2017: https://www.weather.gov/media/news/SpaceWeatherEconomicImpactsReportOct-2017.pdf
Cárdenas, Freddy & Sánchez, Sergio & Vargas Dominguez, Santiago. (2015). The Grand Aurorae Borealis Seen in Colombia in 1859. Advances in Space Research. 10.1016/j.asr.2015.08.026.
Williams, D. (1961), SUNSPOT CYCLE CORRELATIONS. Annals of the New York Academy of Sciences, 95: 78–88. doi:10.1111/j.1749–6632.1961.tb50027.x
LeoLabs: https://www.leolabs.space/
Nicolls, M., SRI International, Space Debris Measurements using the Advanced Modular Incoherent Scatter Radar: https://amostech.com/TechnicalPapers/2015/Poster/Nicolls.pdf
National Science Board funding notice for AMISR: https://www.nsf.gov/od/lpa/news/03/ma0331.htm
Science Daily, Findings From New Upper Atmospheric Radar System For Scientific Research, 2009: https://www.sciencedaily.com/releases/2009/06/090602092253.htm