SRIの「the DISH (ディッシュ) 」とその長い歴史について

SRIの巨大アンテナ「THE DISH(ディッシュ)」

この有名な無線アンテナには、地球の上空や他の惑星の周回する人工衛星との通信に加え、遠くの星や冷戦時代に大気圏で行われた核爆発にも耳を傾けたという長い歴史がある


この60年の間、米国カリフォルニア州パロアルトのフリーウェイ280号沿いを走った何百万もの人々は、東側の黄金色の丘の上にある直径150フィート(約45.72メートル)、重さ70トンの軽量アルミニウムでできた衛星パラボラアンテナ、通称「the DISH」を目にしてきました。スタンフォード大学で人気の散歩道沿いにあるこのディッシュは、米国の連邦政府が所有しており、SRIが運営を担っています。

運用は1961年からで、衛星通信や天文現象からのデータ収集、電離層(地球の上層大気層)の研究など、長年にわたってその機能を活用しています。この歴史の中で、パルサー(pulsars)と呼ばれる「死んでしまった」星から何千兆マイルもの彼方へ送信される電波を捕足したり、間近に迫っている、L5として知られる強力かつ信頼性の高い新しいGPS信号の使用に寄与したり、また、地球の軌道上にある多数の衛星に信号を送信してきました。これらの衛星は、この信号が送信できていなければ軌道上から外れて失われてしまっていたであろうと思われます。

「ディッシュは並外れた装置であり、この地域の大きなランドマークにもなっています」とSRIのシニアリサーチエンジニアであるSteve Muther述べています。Mutherはこれまで24年間、ディッシュのリードオペレーターとして、このアンテナがスムーズに運用できるように管理しており、官民を問わずクライアントの様々な活動を支援してきました。

ディッシュの起源

ディッシュの起源は1950年代に遡ります。旧ソビエト連邦が初の人工衛星となるスプートニク1号を打ち上げた1957年の宇宙時代の幕開けと合わせて、地球大気圏内での核兵器実験を評価・追跡できる巨大な無線アンテナを米国政府提案として要請されました。

米国政府はディッシュの設立を承認し、SRI(当時はスタンフォード研究所)に35万米ドル(現在の価値で約360万米ドル)の資金を提供したのです。

米国の研究者は、爆弾が爆発すると電離層に発生する電波信号を受信することで、自国の兵器に対する理解を深めるだけでなく、旧ソ連の技術に関する知見も得ることができました。ディッシュはこの偵察任務を立派にこなしたのですが、1963年に部分的核実験禁止条約が締結されて大気圏内の核実験が中止されたため、結果的にはわずか数年間だけの任務になってしまいました。これにより、ディッシュにかかわる研究者たちは新たな科学的探究分野として、宇宙開発競争に、つまりケネディ大統領が1962年に打ち出した宇宙飛行士の月面着陸という構想に軸足を移しました。

「スタンフォード研究所からSRIになった、当時のSRIの研究者たちは、『我々はこの大きな資産を有しているが、その使命は終わってしまった。これを使って何をすればよいのだろうか』と自問していました。その後、彼らはディッシュが電離層を観察するだけではなく、人工衛星を含む宇宙空間のあらゆるものを観察するのに最適ではないだろうかとひらめきました。そこで、彼らはNASAに働きかけたところ、すぐ一緒に働くことになったのです。」とCasperは述べています。

惑星探査という仕事

その後数十年にわたり、ディッシュは宇宙船の運用をサポートする実績を幅広く積み重ねてきました。初期の寄与の一つとしてあげられるのは、1960年代半ばに開始されたNASAのパイオニア計画ミッションにて、ディッシュとパイオニア衛星に搭載された宇宙アンテナ(これも同じくSRI製)の間で送信された信号で、太陽が宇宙空間に放出する粒子の流れである「太陽風」を確認・測定したことです。その後NASAは太陽系の内惑星(水星、金星、火星)に初めて近づいたマリナー計画(Mariner program)の探査機との通信にディッシュを使用しました。

ディッシュはアポロ計画の一環として行われた実験でも役割を果たしています。宇宙飛行士が軌道を周回する宇宙船から放出した電波が月面に反射してディッシュに届き、これが月面の特性を推測するのに役立ちました。

このような惑星探査は現在も続いています。例をあげると、2018年にはインサイト火星探査ミッション(InSight mission)の一環として火星の軌道上に設置された、キューブサット(CubeSats)と呼ばれる2機の小型衛星を使った実験に参加しています。この実験では、ミニ衛星を通信中継や今後の探査のためのデータ収集エンハンサーとして使用するためのテストが行われました。

この流れにのって、NASAが50年超ぶりに宇宙飛行士の月面着陸を目指し、月でのプレゼンスを確固たるものにすることを目指すアルテミス計画(Artemis)にもディッシュが活用できるのではないかと思われています。

ディッシュは現在、10年という耐用年数を大幅に超えた60年以上もの間使用されています。

地球の軌道

しかし、ディッシュが担う仕事の大部分は、より地球に近い距離にある、地球の軌道上にある宇宙船のためのものです。SRIには民間の衛星関連企業からしばしば宇宙船のトラブルシューティングの依頼が持ち掛けられます。ディッシュの十分なパワーのおかげで、アンテナが適切な向きに展開できない衛星を呼び出せることが多くあり、これによって衛星の企業がリセット信号や代替指示を送信することができるのです。

ディッシュの特に実りある活用法は、大学や学生が手掛けている、地球の低軌道で展開するキューブサット・ミッションの通信を支援することです。インサイト・ミッションに代表されるように、キューブサットは比較的低コストで使い勝手が良いため、近年人気が急上昇しています。ルービックキューブのサイズに近い超小型衛星は、より多くの理系の学生たちが宇宙船の組み立てや操作、さらには軌道上での科学的な実験や地球観測を実施するという貴重な経験を積むのに役立っています。

しかし、キューブサットは低出力であるため、地球を周回する期間は通常わずか数カ月から1~2年であり、学生たち一人ひとりがキューブサットに関連した研究を追求できる期間は通常限られています。大学のキューブサットが通信障害を起こしてしまうと、研究にとって絶好の機会が失われてしまう可能性があります。
ディッシュは、信号が弱いキューブサットとの通信を補助して何度も窮地を救ってきました。「学生たちにとっては、失敗して落ち込んでしまうか、それとも『地球の軌道上に乗せられたのだ』と喜べるかどうかの大きな違いがあるのです。」とMutherは述べています。

ディッシュの今後

1961年に建設されたディッシュは、アメリカ最大の動く電波望遠鏡でもあり、現在でも世界トップ12にランクインしています。「ディッシュは他のアンテナに比べてもかなり大きいので、電波を送信する際により強い信号を送ることができるとともに、受信の際はより多くのシグナルをキャッチすることができるのです」とSRIのアプライドテクノロジーディレクターで、アンテナの運用に携わるJeffrey Casperは述べています。

その重さにもかかわらず、ディッシュはゆっくりではありますがレールの上を旋回可能で、上空の物体をとらえることができます。また、この設備はすべて1つの構造物であるため、旋回時はディッシュの下にあるサポートビル(ここではMutherとCasperがよく勤務しています)も動くのです。Mutherによると、もともと第二次世界大戦後に退役したアメリカ海軍戦艦の5インチ/38口径砲に使われていた巨大なボールベアリングのおかげでこのように動くのだそうです。

現在、60年を超えて活用されているディッシュは、本来の耐用年数である10年を大幅に超えています。この「元祖」となる大型アンテナの成功を受けて、米国の東海岸や遠くはスコットランドやエチオピアにもディッシュのようなアンテナがいくつか建設されましたが、それらはその後廃止されてしまいました。しかし、ディッシュにそのような終焉は迫っていません。最近では制御室の計器インターフェイスのアップグレードをしており、ものによってはアポロ時代の機器からタッチスクリーンの最新インターフェイスに更新されています。上部構造の何カ所かで必要な細かい金属関係の交換作業を除けば、ディッシュは今も極めて「元気」なのです。

今日では非常に多くの人々が、野生の鹿や七面鳥、コヨーテなどが生息するディッシュ周辺の地面を日常的にハイキングしています。ディッシュは、地元の伝承と日々の生活に深く根付いているのです。「ディッシュはシリコンバレーの歴史の一部であり、もし撤去されるようなことがあれば、多くの人が大変残念がることでしょう。できる限り長く運用していきたいです。」とCasperは述べています。

「私たちはディッシュを今後60年は運用していく計画を立てています。」とMutherが付け加えました。


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