SRIの英語ブログでは、2021年11月の75周年を迎える日まで、SRIが設立された1946年から現在に至るまでの数々の画期的なイノベーションに関するブログを毎週リリースしています。こちらの「75年間のイノベーション」シリーズでは、その中からいくつかを日本語にてご紹介しています。
運用期間は短かったが、歴史的な偉業を果たしたタイロス1号観測衛星のストーリー
雨の日も晴れの日も、「天気予報」は私たちの日常生活に欠かせないもので、農業から旅行にまであらゆる場面に影響を及ぼしています。広い範囲の天気を正確に予報できることは、人類が誕生したときから大いに求められてきました。NASAとRadio Corporation of America(RCA、現在はSRI Internationalの一部)は、指先で風を感じて風向きを確認するのではなく、宇宙空間で地球の気象画像を撮影して地球に送り返すことができる衛星を設計・製造しました。
地球の気象パターンを観測・監視する気象衛星は、現在も広く利用されています。タイロス1号(TIROS-1)は、打ち上げに成功した世界初の気象衛星です。RCAとNASAなどの協力によって、後に続く気象衛星たちの先がけとなる衛星が誕生しました。
タイロス1号の宇宙への旅と、タイロス1号が地上に送り返してきた画像にまつわるストーリーをご紹介します。
空に浮かぶ瞳
タイロス(TIROS:Television InfraRed Observation Satelliteテレビカメラ搭載赤外線観測衛星)計画は、当初はNASAの管轄下で米国政府が立ち上げました。1950年代半に実施された米空軍のWS-117L偵察衛星のコンペティションでは、テレビカメラを搭載した衛星を軌道上に打ち上げ、その映像を地球に送り返すというアイデアが検討されました。また同時期にARPA(現DARPA: 米高等研究計画局)も、衛星を使って地球の気象状態を撮影することを検討し始めていて、最終的にはNASAにこのプログラムを引き継ぎました。タイロスプログラムは、この研究を基にして発展しました。
タイロス計画の目標は、人工衛星に搭載されたテレビカメラを使って地球を覆う雲を観測することでした。
タイロス1号は、1960年4月1日に米国・フロリダ州のケープカナベラルから打ち上げられました。その後78日間にわたって運用され、この間に初めて宇宙からテレビカメラで地球を撮影した映像を送信しました。78日間という短い運用期間でしたが、この衛星のビデオシステムは地球を覆う雲の様子を何千もの画像として地上へ送信する事に成功しました。下記の写真は初期の頃のもので、大きな「雲システム」が写っています。
タイロス1号の成功により、米国の気象衛星プログラムはその後も継続することとなり、タイロスのオリジナルバージョン10機から2009年に打ち上げられたアドバンスド・タイロスN号(Advanced TIROS-N)に至るまで、数多くのバージョンが開発されました。
協力によって生み出された衛星
1950年代から1960年代にかけて、Radio Corporation of America(RCA、現在はSRIインターナショナルの一部)は、最先端のテレビ技術を研究していました。RCAの名高いテレビに関する技術は、タイロス1号にも採用されていました。
RCAは、「航空宇宙エレクトロニクス製品部門(Astro-Electronics Products Division)」を設立しました。そして、1959年1月にはNASAのプログラムに採用され、気象観測用のテレビカメラを搭載した人工衛星「タイロス」の設計・製造を支援することになりました。
タイロス1号は、複数の分野にまたがるチームの協力が成功した申し子です。この衛星の電源供給には9,000個ものシリコン太陽電池が使われていました。また、235MHzのFMクロスダイポールテレメトリーアンテナを2台搭載しており、画像やデータの送信に使用されました。
RCAは重さ270ポンド(約122.5キログラム)のタイロス1号に2台のシャッター付きテレビカメラ(撮像管方式で1台は広角、1台は鋭角)を搭載しました。それぞれのカメラは最大32枚の画像を記録でき、衛星が1回転するごとに一度地球にまっすぐカメラを向けました。レンズが地球に対して垂直になったことを赤外線センサーで検知すると、撮像管が写真を撮影します。カメラは精巧に制御可能であり、連続して操作することも、交互に操作することもできました。撮影された写真はアナログ信号として保存され、最終的には地球に送信されました。これまでのものとは異なり、高解像度の画像が得られたのです。
タイロス1号の歴史に残る偉業
タイロス1号は画期的かつ洗練された気象衛星でした。タイロス1号は気象システムの画像を撮影するだけでなく、宇宙放射線の粒子を検出してカウントしたり、熱帯と極地の間の熱伝達を調べたりすることもできました。
TIROS-1による雲の観測結果は、下記のような記録として残っています。
「認識可能な雲システムの特徴などを、地表の基準点に基づいて正確に位置を把握しており、これは現在も同様です。これらの特徴から大型の嵐を発見して、その進路を注意深く追跡しています…」
タイロス1号の成功はすぐに注目されました。米航空気象局(AWS:Air Weather Service)は1960年4月にタイロス1号を「コンピューターによる気象分析と予報を導入して以来、気象学に影響を与える最も重要な開発である」と評しています。
タイロス1号の「最期」は1960年6月29日であり、当時のNASAによると「電子機器の故障」が原因でした。タイロス1号の歴史的な偉業は今も生き続けており、このタイロス1号の成功から着想を得た気象衛星関連の計画はその後も引き続き長きに渡り実践されています。
参考資料:
NASA Video of TIROS-1: https://www.youtube.com/watch?v=Oe4jGbbXnvw
R.C. Hall, A History of the Military Polar Orbiting Meteorological Satellite Program, September 2001, Office of the Historian, National Reconnaissance Office: https://www.airweaassn.org/reports/prog-hist-02.pdf
NASA, TIROS Program: https://science.nasa.gov/missions/tiros/
SRIの75年間のイノベーションについて:CCD放送用カメラ 〜放送業界を新時代へ導いた技術〜(日本語ブログ)
Charles W. Dickens and Charles A. Ravenstein, with John F. Fuller, ed., Air Weather Service and Meteorological Satellites, 1950–1960: http://www.airweaassn.org/reports/Pages%20from%20Air%20Weather%20Service%20and%20Meteorological%20Satellites,%201950–1960_partA.pdf