衣服とスマートロボティクスの融合による、軽量かつ違和感のないエクソスーツの誕生
「75年間のイノベーション」シリーズでは、SRIが設立された1946年から現在に至るまでの数々の画期的なイノベーションを取り上げます。SRIの英語ブログでは、2021年11月の75周年を迎える日まで、毎週1つずつイノベーションに関する記事をリリースしています。この日本語ブログでは、その中からいくつかを日本語にてご紹介します。
衣服とスマートロボティクスの融合による、軽量かつ違和感のないエクソスーツの誕生
人間の体は素晴らしいことに、筋肉や骨格のおかげで側転をしたり、重いものを持ったり、長い距離を歩いたりすることができます。しかし、私たちの体には限界があります。筋肉は疲労し、関節は痛くなります。米国国防高等研究計画局(DARPA)は、このような限界を克服できないかと考えました。テクノロジーを利用すれば、兵士のピーク時のパフォーマンスを更に向上させることができるのではないのでしょうか?筋肉を補強して怪我を防ぎ、身体能力を向上させることはできないのでしょうか?そしておそらく最も重要なことは、実際に使用したくなるような快適かつ便利な方法で実現できるかということでしょう。
SRIインターナショナルは、ロボット工学に関する高い専門知識を活かしてDARPAと協力し、重い荷物を長距離にわたって運搬する兵士の能力を強化・補強する技術を開発しました。この成果は、「スーパーフレックス(SuperFlex)」と名付けられました。しかし、SRIの他の多くのイノベーション同様に、このコアテクノロジーは当初の目的を超越して、幅広いエキサイティングな応用例を提供しています。
負荷の軽減
筋肉や関節の損傷は、兵士が戦闘から離脱する原因として最も多いものの一つです。怪我が治るまでの数ヶ月間、兵士は任務に就けないこともあります。100ポンド(約45.4キログラム)以上もある重い荷物を何マイルも運ぶことは、兵士の筋骨格系に大きな負担となります。DARPAは、この負担を軽減する方法を模索していました。 これまでの研究では、外骨格を作ることに重点を置いていました。とくに、重量物を持ち上げたり、持って移動したりする能力を大幅に向上させる、ストラップで固定したロボットの手足のようなものに力を入れていたのです。しかし、SFの世界とは異なり、外骨格状のものはかさばるうえに音もうるさく、長時間使用するには不快なものであることが大半でした。DARPAは2011年に「ウォーリアー・ウェブ(Warrior Web、戦士のウェブ)」というプログラムを立ち上げ、重量物運搬時の筋骨格系への影響を最小限にするとともに、装着感が快適なモノの研究に取り組みました。
ウォーリアー・ウェブの目標は、現行の兵士の制服のままで筋力を増補すること、また重量物の運搬による怪我を減少させることの2点でした。目立たず、軽量で、ダイビングスーツのような衣類としての役割を果たすスマートテクノロジーの開発が期待されていました。そして、柔軟なロボット状の肌着とも言える 「エクソスーツ(exosuit)」というアイデアが生まれたのです。
SRIインターナショナルのロボット工学の専門家チームは、DARPAのウォーリアー・ウェブ・プロジェクトに参加しました。このプロジェクトで生まれたのが、「スーパーフレックス・スーツ(SuperFlex suit)」です。これはソフトで柔軟なエクソスーツで、軽量かつ順応性の高い「人工筋肉」として作用する独自のアクチュエーターを搭載しています。この筋肉の働きをするリニアアクチュエーターには、高回転で効率よく作動する、一般的に使用されている高出力の電気モーターを採用しています。ここでSRIは、このモーターの回転を、本物の筋肉のようにゆっくり動くリニアアクチュエーターに変換するにあたり、低効率かつ重い金属のトランスミッションではなく、進化したツイストペアトランスミッションを採用することにより、大きさや重さをほとんど増やさずに本物の筋肉の動きと力を再現できるアクチュエーターを開発したのです。
しかし、単に必要な動作を再現するだけでは不十分です。アクチュエーターは、本物の筋肉のように直接骨格に取り付けることはできず、皮膚の上から取り付けて力を伝えなければなりません。もし、取り付け部が力を適切に分散できなければ、ホットスポット、痙攣、皮膚の損傷、不快感などの課題が生じます。SRIが開発したスーパーフレックス・エクソスーツのもう一つの重要な技術革新は、フレックスグリップ(FlexGrip)というシステムであり、単純な面ファスナーのストラップよりも荷重を皮膚全体に効率的に分散させる布の折り方を採用したことです。
このエクソスーツには、ただ強い腕力だけでなく、動作予測や性能向上アルゴリズムを搭載したモーショントラッカーという頭脳が備わっています。着ている人の動きに対抗するのではなく、補完するために正確なタイミングでの加圧が可能であることが重要です。また、補助をしないときに邪魔にならないことも同様に重要な点です。スーツには硬い部品がなく、パッシブモード(スーツの電源を切った状態)では、着用した状態でも体を完全にコントロールすることができます。スーツは、必要な時にだけ動作や筋肉を補完します。
兵士の負担を軽減するために作られたウォーリアー・ウェブは、一般の人々、特に高齢者や障がいのある方にも役に立ちます。
スーパーフレックスとコア・ウェルネス・スーツがもたらす震撼(Seismic)
ウォーリアー・ウェブ(Warrior Web)プログラムは、スマートロボットで補強したこのようなタイプのウェアラブルスーツのより幅広い用途をSRIが検討することに繋がりました。SRIのウォーリアー・ウェブ・プロジェクトを率いたのは、かつてSRIロボティクスに所属していたRich Mahoney(リッチ・マホーニー)です。独自の手法で身体機能上のニーズに工学的なソリューションを応用してきたマホーニーは、この技術が筋ジストロフィーの患者や高齢者の日常生活を支援できるのではないかと考えました。マホーニーは繊維分野におけるイノベーション、ロボット工学、バイオメカニクス、人工知能(AI)などの専門家からなるチームを結成し、この技術をさらに発展させるため、スピンアウト企業の設立を主導しました。このスピンオフ企業は「サイズミック(Seismic:震撼)」と名付けられました。
サイズミックは、アパレル製品と違和感のないロボット状の筋肉を融合させた「パワードウェア(強化ウェア)」を開発しています。サイズミックはこのパワードウェアを「アパレルとロボティクスの融合」と表現しており、2018年の「TechCrunch Disrupt」と題されたショーで「コア・ウェルネス・スーツ」を発表しました。これは、標準的な体格の人の体幹を強化し、姿勢を補佐するスーツでした。座る、立つ、持ち上げる、運ぶといった基本的な動きでも、コア・ウェルネス・スーツを着用すれば力が20%から30%補強され、より簡単に行うことができるのです。このスーツは、SRIのリニアアクチュエーターとスキンアタッチメントというイノベーションを活用しており、元々はウォーリアー・ウェブの取り組みで考案されたものです。
2019年、サイズミックはFast Companyが毎年発表する「世界で最も革新的な企業」の一つに選ばれました。
新たな一章:ウェアラブルロボットの革新を続けるSRI
SRIのウェアラブル・ロボティクスにおけるイノベーションは、サイズミックの誕生で終わったわけではありません。SRIは軍事用途および一般消費者用のさまざまなウェアラブルセンサーの開発を続けており、様々な現場の作業員や一般の人々が涼しく過ごせるような、エネルギー消費をおさえるためのサーモスタット設定を必要としない冷却靴を開発しています。
最近では、連邦議会管理医療プログラム(Congressionally Directed Medical Research Program:CDMRP)の一環として、スマート膝ブレース(装具)プロジェクト(Smart Knee Brace project)を開始しました。この膝の装具は、膝を痛めた人が高い運動機能を維持しつつ、さらなる損傷を防ぐように膝を保護します。従来の装具では、膝には常に不快な圧力がかかっていましたが、このスマート膝ブレースは、歩行動作の中で必要な時にだけ力を加えることができます。ウォーリアー・ウェブ・スーパーフレックス技術と同様、この膝ブレースにもSRIの革新的な軽量リニアアクチュエーターと、快適に皮膚に装着できるアタッチメントが採用されています。
「筋力」で未来を切り開く
米国整形外科学会(American Academy of Orthopaedic Surgeons)によると、米国では1億2,600万人が関節炎や線維筋痛症などの筋骨格系疾患を患っているとされており、これらの疾患の治療には推定で約2,130億米ドルが費やされています。それでも、筋骨格の痛みは身体を衰弱させ、比較的良好な場合でも生活に支障をきたし、時には耐えられないような痛みを感じる時もあります。筋肉の負担を軽減する軽量スーツの開発は軍事的なプロジェクトが発端でしたが、この技術は世界中の多くの人々の生活の質(QOL:Quality Of Life)を大きく向上させることができるのです。
参考資料:
DARPA Warrior web: https://www.darpa.mil/program/warrior-web
Soft robotics blog: https://www.sri.com/blog-archive/soft-robots-are-reshaping-the-future-of-robotics/
YouTube, Home Brew Robotics Club Meeting — Feb 2016 — Talk2: SRI Robotics: https://youtu.be/UzpisQq0l3U
Wearable robotics: https://www.sri.com/case-studies/wearable-robotics-for-human-augmentation/
Cooling footwear: https://arpa-e.energy.gov/sites/default/files/8.%20SRI%20Pitch%20for%20ARPA-E_DELTA%20SEPT-2017%20public.pdf
Seismic: https://www.myseismic.com/
American Academy of Orthopaedic Surgeons: https://www.sciencedaily.com/releases/2016/03/160301114116.htm